なぜ乳がんの手術を行ったのに、薬物療法が追加で必要なの?- 林田医師のオピニオン

林田 哲 医師
[オピニオン]
慶應義塾大学病院 ブレストセンター長

以前は手術療法が乳がん治療における最も大きな柱でしたが、ここ20年の薬物療法の進化は著しく、その比重はますます大きくなっています。

患者さんから「乳房を全部摘出して、がん細胞を全て切除したはずなのに、お薬の治療が必要なのですか?」とよく聞かれますが、これに対しては一部の例外を除いて「必ず必要です」とお答えしています。

その理由の一つが、すでに「乳がん」と診断された時点で目に見えないミクロながん細胞が血液の流れに乗って全身にばらまかれている可能性が指摘されているからです。

例えば、海外で行われた研究の一つに、手術を行った時点で骨髄液を採取し、その中に乳がん細胞が含まれる割合を検討した研究がありますが、対象となった3000例を超える症例の24%で、すでに骨髄中に乳がん細胞が存在したとされるデータがあります。(Hartkopf et al., Ann Oncol, 2015) 

この報告によれば、腫瘍径が2cm以下の比較的小さな乳がんにおいても約22%の確率で骨髄液中にがん細胞が存在することが示されています。

注意しなければならないのは、このミクロながん細胞が他の臓器で定着して成長するためには、生体の免疫バリアを突破するなど、色々な障害を乗り越える必要があるため、その全てが将来転移として成立するわけではないと考えられることです。

同様の報告はいくつも存在し、これらの報告から乳がんはごく早い段階でミクロながん細胞が全身に広がっている可能性があると考えられます。

手術は切除した部位だけに対する治療であり、放射線は当てたところだけに作用する、いずれも局所的な治療であるため、ミクロながん細胞に対応することが可能な薬物による全身的な治療が必要であることが示唆されています。

実際に手術に加えて、薬物療法を行うことにより、乳がんの治療成績は劇的に向上してきましたし、今も新しい薬剤が次々に開発されています。

いまや薬物療法は手術と並ぶ、もしくはこれを凌駕する乳がん治療の大きな柱です。

内分泌治療は数年続く長丁場ですし、抗がん剤治療は様々な副作用がありとてもつらい治療ですが、乳がんの根治のために必ず必要なプロセスですから、専門医が提示する薬物療法は積極的にうけるように努力を行うことが望ましいと考えます。

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[備考] 本オピニオンは、医師が経験に基づき一般的な医学的見解を述べたものに過ぎず、個別の事例についての所見を述べたものではありません。 個別の症例については、必ず医師に直接ご相談下さい。

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